バレエリュス、ニジンスキーについて知った事を時系列にメモ
下から上へ順番に上がって、どんどん追記形式で。
2018年1月31日_________________________________________________
ハンブルクバレエ団が来日、記者会見のニュース、いよいよ明後日から公演が始まりますが
ノイマイヤー、「ニジンスキー」を語る【後編】
これによると、ニジンスキーはダンサーとしてよりも振付家として偉大だったと。
そう語るノイマイヤー自身がすごいバレエの振付家で、ドラマティックバレエの巨匠!振付だけではない、物語のつくり方、演出、すべてがすごいと思うその巨匠が・・ニジンスキーの、しかもダンスよりも実は振付がすごかったんだと。
ということで、ただ斬新としか思っていなかった(へんてことも書いたな)のを撤回して、一から見直します。
2018年1月28日________________________
ディアギレフの身長183センチ!(本・バレエ・リュスその魅力のすべてより)小太りのおっちゃんだと思っていたわ。
ディアギレフの身長183センチ、マッツや自販機と同じじゃない😀 pic.twitter.com/lPtaYZJ0fB
— SAYO (@magatama3) 2018年1月27日
コメント欄で詳しい方に色々教えていただき、ニジンスキーはロモラと結婚する前にもうディアギレフとは終わっていたとか、ニジンスキーがディアギレフが生理的に耐えらなくてもう無理ってなった話など。
この動画もコメント欄で教えていただいた、バレエリュスについてのBBC放送よりhttps://www.youtube.com/watch?v=EbqlPF6NI6M
コクトーが書いたディアギレフとニジンスキー!この目つきでなんか二人の関係がわかるー。神経質そうなニジンスキーだけど化粧をして舞台に立つとパーっ✨と魅力爆発ですね。と、才能を見抜くプロデューサー、どちらも天才。
2018年1月25日_____________________
ピンタレストで「ニジンスキー」と検索してみたら
いろいろ、衣装やセットなどの写真も出てきた、楽しい。
2018年1月14日_____________________
映画「ニジンスキー」の断片をYouTubeで見る。日本ではDVDになっていないレア作品。あぁ全編みたいよ!
作品情報、キャストなどこちらのレビューが詳しいです。
映画「ニジンスキー」
監督はバレエを題材とした映画「愛と喝采の日々」77年
「ダンサー」88年 ジゼルを舞台にした・・昔、観たな。
バリシニコフ、ジュリーケントがかわいかった。
ニジンスキーは80年映画なのでちょうどその間に撮った映画って事になる。
「ニジンスキー」
1980年 イギリス
製作総指揮:ハリー・サルツマン
製作:スタンリー・オトゥール/ノラ・ケイ
監督 ハーバート・ロス
原作 ロモラ・ニジンスキー『その後のニジンスキー』
脚本 ヒュー・ホイーラー
撮影 ダグラス・スローカム
音楽 ジョン・ランチベリー
美術 ニコラス・ジョージアディス
配役 ディアギレフ(アラン・ベイツ)
ニジンスキー(ジョルジュ・デ・ラ・ペーニャ)
ロモラ(レスリー・ブラウン)
フォーキン(ジェレミー・アイアンズ)
カルサヴィナ(カルラ・フラッチ)
チェケッティ(アントン・ドーリン)
マリヤ・ピルツ(モニカ・メイソン)
ガンズブルク男爵(アラン・バデル)
ストラヴィンスキー(ロナルド・ピックアップ)
バクスト(ロナルド・レイシー)
ニジンスキー役の人は当時のABTの人。バレエも俳優もどちらも出来るってあのバリシニコフもそうだけど、すごいね。この映画、ロモラが原作という事なら、本人はよく書かれていてもおかしくないんだけど、悪女で描かれているらしい、ほぉ。
「牧神の午後」最後がリアル。実際のバレエの舞台ではこうはいかないので映画ならでは。https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=o7uB4LHiO0Q
「薔薇の精」ジャンプ高っ!妖艶な妖精。最後はける時のジャンプも!そのままお空へ飛んでっちゃった(みたいな)
https://youtu.be/vbg4TCNPLAg?t=104
「遊戯」ニジンスキーが「牧神の午後」の次に振り付けたという。初めて見た。音楽がドビュッシーでテニスラケットを持って踊っているところはちょっと「青列車」を彷彿とさせる。あれはたしかニジンスカの振付だったっけ。
https://www.youtube.com/watch?v=lNBKDH1I2ms&feature=youtu.be
「Petrushka」ちょっとこの人、踊りすごいんじゃないですか?演技もうまい。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=zGTRNe0nfEM
ニジンスキー役ジョルジュ・デ・ラ・ペーニャ
George De La Penaさんについて
12月26日_______________________
桜沢エリカに漫画「バレエ・リュス ニジンスキーとディアギレフ」
を読む。※この物語は歴史上の事実に基づいたフィクションです。ってどの部分がフィクションなのか知りたい。だけど読んでみると(忠実に)を意識して監修の元慎重に作られた感じもする。
ニジンスキーが所属していたころのマリインスキーバレエ団の話、ロシアのバレエ団でいう古い体質というのは国から押さえつけられているものだったと。なので若きフォーキン、ニジンスキーらがバレエ団に対して反体制派だったというのは=国に対してだったんだのか・・など思う。
1900年頃ディアギレフは帝室劇場管理部にいた(帝室というのは調べたら旧マリインスキー劇場のことだった)その時ディアギレフはバレエ「シルヴィア」初演の制作に携わっていたがトラブルで解雇。(漫画ではめちゃおねえな感じの若ディアギレフ。その時ニジンスキー12歳と会っていたらしい。)
ニジンスキーの手記完全版 ではニジンスキーはリヴォフ侯爵と(男性では初めての人)バレエ学校時代に付き合っていたことになっているだけど、この漫画ではマリインスキーのプリンシバルになってから付き合ったようになっている。(ディアギレフ、いーって嫉妬してたな)
ディアギレフとニジンスキーの関係、その会話が面白くてなるほど!そういう事かもねと納得。なぜロモラと結婚したのかとか、なぜ娼婦の所へ行ったかとか色々ぼんやりとした疑問も、その時代背景も含めて。誰がいい人で悪い人なんて割り切れる問題じゃないのよ実際問題。って感じです。
パトロン・パトロネスの関係。
愛人として、また性的に関係なくても芸術を発展させたい人、ファンとして抱え込みたい人、いろいろな思いの人がいた、当時の文化。
12月23日_____________
ニジンスキーの手記「完全版」
を少しづつ読み進めている。はじめは文章が支離滅裂・・と思ったけど慣れると意外に読みやすい。ニジンスキーが狂人というか周りも同じくらい狂っているでは?って感じてくるの。けっこうお金の話が多い。人間愛を求めているだなって。
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この手記はスヴレッタハウスの最後の公演の日から始まっていて
そのあとどうなったか。チューリッヒの精神病院、➡ ウィーンへ
もう一人、娘さんが生まれる。(えっ)
その後、パリ、ベルビュー(・・ベルビューってどこだ?アメリカか。) ニジンスキーは精神病院または自宅に軟禁状態。 妻のロモラはタクシー会社やお菓子屋、など事業に手を出すも失敗、その後ハリウッド女優になろうとしたけど失敗。(ロモラ・・)複数の女性とレズビアン関係、夫婦ともどもバイセクシャルだったことになる。
(妻ロモラはニンジンスキーの為にいろいろやってあげたのはわかるけど、有名人の妻、その他名声を求めた人だったのかも。)またウィーンへ戻って・・イギリスへ(えっ)ロモラは田舎が嫌いなのでロシアが嫌(もしニジンスキーがロシアへ戻れていたら、また別の歴史になっていたかもしれない、精神科医が離婚を勧めたというのも気になる。まだ生きているのに伝記や手記を発表しちゃってるし)
スイス、ウイーン、パリ、アメリカ、ウィーン イギリス。亡くなったのはロンドン(腎臓悪化)60歳。その後パリへお墓が移される。
そんなに転々としていたのか・・・WIKIには書いてなかったよ。
12月8日______________________
ぶらあぼ 「ジョンノイマイヤー」の記事。
http://ebravo.jp/archives/39462
来日するハンブルクバレエ団の演目について語っている。
「ニジンスキー」「椿姫」「ジョンノイマイヤーの世界」
ニジンスキーはロシアで1905年の血の日曜日、流血事件に巻き込まれていたのか。
この血の日曜日事件は池田理代子の漫画「オルフェウスの窓」で知っていた。(1905年は日露戦争中であり、ユリウスがアレクセイを追いかけてロシアへ行く、再会したのにタイミングが悪くてユリウスが記憶喪失になるなど、号泣につぐ号泣の時期なのよ。架空の話でごめんなさいだけど、思い入れは強い。)
2017年12月_________________________
ニジンスキーの手記完全版 [ ヴァスラフ・ニジンスキー ]を購入。
これまた分厚いな。
後ろのあとがき(長め)から読んだんだけど全体の生い立ちが面白くて、マジで?がいっぱいだった。
静養先のスイス・サンモリッツで書かれたもので、あの最後の公演の日から始まってて精神病院に入院するまでの6週間の間に書かれたもの。もう冒頭から度肝。こんな人だったのか。他の本やら漫画で読んだ人物像と全然違う側面。ニジンスキーこのとき30歳くらい。
・ニジンスキーの手記、普通のと完全版の違い。
旧作は原文の英訳版を日本語訳にしたもの、原文全体の全体の3分の2しかなかった。
完全版はニジンスキーがロシア語で書いた原文全体そのままを日本語訳されたもの。
(あとがきより)
ニジンスキーの両親はポーランド人
両親ともダンサーで旅周りの途中でニジンスキーを生んだ。
1890ニジンスキーはロシア(現在ウクライナのキエフ)
で生まれ育ったので母国語はロシア語。
お兄さんスタニフラスは(精神病ってのは知ってたけど)事故の多い子供時代で、頭から大きなおかまのスープをかぶったり、ホームから線路に落ちたり、4階から落ちた、それが致命傷で・・ぼんやりした子だったけど思春期以降暴力的になった。(そうだったのか)
ニジンスキー10歳でマリインスキー劇場付属舞踊学校に入学。舞踊学校時代は陰湿ないじめ、顔立ちから(日本人)のあだ名。いじめのいたずらで激しく転倒4日間生死をさまよう、トラウマとなる。
初体験は女性、娼婦だった。と同時に紹介で金持ちの男性と付き合うように。最初は援助交際だったが捨てられた父親の代わりとなる愛情を求めていたのかもしれない。リヴォーフという貴族と付き合った(舞踊学校時代)のちディアギレフを紹介され付き合うようになった。(マリインスキー団員の頃)
踊りは群を抜いていて最終年に大抜擢で主役として舞台に出る、マリインスキーバレエ団にはコールドを飛び越してソリストとして活躍。
マリインスキー団員の中で先輩フォーキンを中心とした反体制派の仲間の中にニジンスキー。団から冷遇されていた。古臭い組織体制の外に出て才能を開花させたい思いとディアギレフとの思いが一致。バレエリュス、パリ公演に参加。世界的に知られたダンサーとなる。
バレエリュス発足後すぐにディアギレフとフォーキンは仲が悪くなる。
ディアギレフは愛人ニジンスキーを優遇。
ニジンスキーはスターになってからもパリで何度も娼婦を買う手記が冒頭からあるので男女入り乱れな性体験。
1912 振り付に挑戦。(23歳)
「牧神の午後」
音楽ドビュッシー
ディアギレフとの関係を書いた「遊戯」
音楽ドビュッシー
劇場騒動の「春の祭典」
音楽ストラヴィンスキー
1913 ロモラと結婚
ロモラはお嬢のハンガリー人。
(言葉・・意思疎通だいじょぶか?)
ニジンスキーのファンでコネを使ってバレエリュスに入団、接近、ゲット(って事でいいの?)
ディアギレフによってバレエリュスを解雇される。
(この時ディアギレフとニジンスキーの蜜月時代は終わっていた説。
単純に嫉妬から解雇だけではなさそう。)
娘キラ生まれる。
ニジンスキーバレエ団を作ったけど、2週間の公演をして解散。ニジンスキー体調を崩す。その後バレエリュス復帰を試みたけどうまく行かず神経衰弱。
妻の実家ハンガリーへ身を寄せる。戦争で敵国人として軟禁される。
1916 ディアギレフに呼び戻されバレエリュスのアメリカ公演座長を任される。「ティル・オイレンシュピーゲル」を創作。
1017アルゼンチン公演、牧神とペトリューシカ。公に踊ったのがこれが最後。
ロシア革命が勃発した後、中立国であるスイスのリゾート地サンモリッツに移住。山に囲まれ隔絶されたサンモリッツで、創作意欲も踊る気力も失くしていき奇行が目立つようになる。
1919 急に踊ると言いだしホテル「スヴレッタハウス」神との結婚。
この本の 手記が始まる。
2017年12月_________________________
NHK BSプレミアム プレミアムシアター
ハンブルク・バレエ団公演「ニジンスキー」が放送された。
収録:2017年5月25・27日 ハンブルク国際歌劇場(ドイツ)
圧巻、放心状態。リアブコさんのニジンスキーは、これは何が何でも生で見たい。ちょっとこれは来日公演の前にニジンスキーについて深堀したい。
ニジンスキーの母はどんな人だったんだろ?ハンブルグバレエの2幕から家族で踊りだすんだけど、兄が弟に見えるし母が妹に見えたりしてえっとえっと…ってなった。父のユングさんはも絶対父で、あぁ他の女性と…とわかったんだけど。
ノイマイヤーの演出ステージングはほぉ〜ってなるね。いつの間にか出てきたり、着替えてたり、セットが元に戻ってたり。浮いて見えたり残像に見えたり。隠れた意味もいっぱいありそう。
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「春の祭典」バレエリュス初演ニジンスキー版をジョフリーバレエ団が再現したもの。https://t.co/moLLYFgkQ2リアル古代の奇祭ぽくてその世界観に感動したんだけど、ほんとはもっとまとまってなくて変てこだったんじゃないかな?
— SAYO (@magatama3) 2017年11月1日
WIKIによればニジンスキーはダンスはカリスマ的で凄かったけど振付は初めてでストラヴィンスキーが愕然とするほど音楽の知識がなく、いちから説明しなくてはいけなかったって。こんな変拍子を!そのまま音符の粒を踊りにしたような振付なのに、しかもニジンスキーは振付指導も慣れてなくてカンシャク起こしまくって何回も何回もリハーサル、主役のニジンスカが妊娠して生贄ダンサー変更とかもあって…それであのシュールさがでてるのかも危機迫ってる、ブーイングや騒動もうなづける。次の年に音楽だけ再演したら大成功だったってやっぱりストラヴィンスキーの曲が斬新だったとかよりも騒動は踊りのせいか?パリ初演の客席にはシャネル、ドビュッシー、サンサーンス、ラヴェルがいたって、なにそれっ凄い時代すぎる。
この人怖い。 pic.twitter.com/ukYH25jONN
— SAYO (@magatama3) 2017年11月1日
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ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルクバレエ団が2018年2月に来日するという!
http://www.nbs.or.jp/stages/2018/hamburg/nijinsky.html
「ニジンスキー」前売りチケット購入。
ハンブルクバレエは前回公演も観に行って感動したので他の「椿姫」「ジョンノイマイヤーガラ」も購入。楽しみ。
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ニジンスキーの伝記映画もあると知る。
ハーバートロスの映画【ニジンスキー】アメリカではブルーレイも出ているのに日本にあらへんし、おかしいし。https://t.co/AaRoDXbwZW
— SAYO (@magatama3) 2017年4月22日
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突然思い出したこと。
青池保子の「イブの息子たち」にニジンスキーが出ていたなって。
「ヒース私を見て(震)」 子供の頃に読んだよ、この時は知る由もなく。
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アマゾンプライムビデオでパリオペラ座バレエのバレエリュス登場
これもプライム会員なら無料😀バレエリュス、マチアスの薔薇の精とかニコラの牧神とか三角帽子、あと1つなんだっけ…「「Russian Ballets – Opéra de ParisをAmazonビデオ-プライム・ビデオで https://t.co/t7q30PBiA1
— SAYO (@magatama3) 2017年10月28日
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ニジンスキーの漫画関連、購入。
牧神の午後でニジンスキーとディアギレフについて、ざっといろいろわかった。
・印象に残った事
舞台に出ると憑依する/ホテルの花瓶の水を飲んでチフスにかかったくだり/自衛本能がない人/母からの愛情がないことにショックのニジンスキー/パドドゥが苦手/ディアギレフは好きな人にはすぐサファイヤを送るのでわかりやすい/
ニジンスキーの命日は4月8日。お釈迦様の誕生日と同じ日。
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パリオペラ座バレエ バレエ&ダンス / パリ・オペラ座バレエ/ピカソとダンス のDVD購入。
4作品の中でも「青列車」がお気に入り、繰り返す見るようになる。何度も何度もBGM的にかけているので曲は覚えてきたよ。振付はニジンスキーの妹ニジンスカ。衣装はシャネル、構想はジャンコクトー。
ニジンスカは兄たちと違い、小粋で社交的だったのかもしれない。
オーレリもいる!後ろの茶色い水着
【青列車】パリオペラ座1993 #バレエリュス #ピカソとダンス pic.twitter.com/NkYYDnCUlc— SAYO (@magatama3) 2017年4月22日
一部動画あった。https://t.co/dIEaep2Ean バレエリュス作品では牧神と同じくらい好きかも。筋は大してないんだけど南フランスの海水浴場にて。1924当時、最先端だった列車、カメラ、ゴルフ、テニスが出てくるんだけど、皆モデルさんみたいに着こなしていて踊りもかわいい
— SAYO (@magatama3) 2017年4月22日
バレエリュスのファッションにも興味が出て、ネットなどで調べピカソについていろいろわかった。その後バクスト塗り絵を買う。
ピカソと妻オルガの話、面白かった!ピカソはバレエリュスの貴族ダンサーと結婚してブルジョワ生活後、17歳の金髪美人に夢中になり妻、息子を置いて別居、財産を渡したくないから妻が死ぬまで別居のままだった…ってちょっとピカソぉ…。https://t.co/k9T8ov91EU
— SAYO (@magatama3) 2017年4月26日
バクストの塗り絵が届いてた😀バレエリュスの衣装に特化しててかわいい。私が塗ったら台無しになるのでこのまま飾る。 pic.twitter.com/fFCwmC83oR
— SAYO (@magatama3) 2017年9月27日
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バレエリュスのポスター 素敵なのばかり。
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分厚い本を買ったけど全部まだ読んではいない。
バレエリュスに携わった人の経歴、作品群など、見たい部分だけパラパラと。
「三角帽子」の不幸な出来事として。ディアギレフがスペイン作品を作りたくてマシーンとグラナダへ行ってフラメンコダンサーのガルシアを連れて帰ってくるんだけど、ガルシアは社会性に欠けていたらしく、フラメンコをバレエリュスで教えるうち自分も団員になった気で主役を踊れるものと思い込み、実際と違う事に愕然して精神病になったと。(精神病多いな)
この本には(戦争中ディアギレフとマシーンがスペイン旅行したときにフラメンコを持ち帰りバレエリュスの演目「クアドロフラメンコ」「三角帽子」が作られた、その後スペインが注目されるようになった)と書いてある。あれ、この時すでにスペインブームだったんじゃないのか。 pic.twitter.com/Lr06KMAA1k
— SAYO (@magatama3) 2017年4月1日
この人誰だ?となる。➡青列車に出ていた人。
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Google検索ページがディアギレフだった。お誕生日だった模様。2017年3月31日
・1911年バレエリュス結成。ディアギレフとニジンスキーの関係など知る。他ネットでいろいろざっと知る。
ディアギレフについて写真もたくさん見られるサイト
セルゲイ・ディアギレフによる芸術革命
3月31日 __________________________
セルゲイ・ディアギレフ生誕145周年 2017年に特別上映されたパリ・オペラ座 2009年公演『バレエ・リュス』を映画館へ観に行く。二コラの「牧神の午後」は何度か見ていたけど、他の作品をちゃんと見るのは初めて、やっぱり独特の世界観。ここで一気にバレエリュスとニジンスキーに興味がわく。
(10年のブランクを経て2015年から再びバレエ鑑賞が趣味となっている。特にパリオペラ座)
ジョゼ・マルティネスのフラメンコダンサーぶり https://t.co/3wCPGekUQA #三角帽子 #バレエリュス
— SAYO (@magatama3) 2017年4月1日
バレエリュスでなぜ三角帽子のようなスペインの踊りなのか。「この頃のヨーロッパではエキゾチックスペインがモードの最先端だった」なるほど。衣装がピカソ。
2017年1月______________________
バレエリュス、興味のきっかけは 映画「シャネル&ストラヴィンスキー」
マッツミケルセンがストラヴィンスキー役で冒頭けっこうな時間バレエリュスの「春の祭典」初演騒動の映像。ディアギレフもニジンスキーも登場。俳優マッツのかっこよさのその次に衝撃だった「春の祭典」ニジンスキー振付の独特なシュールさ。
バレエリュス、パリ公演「春の祭典」初演騒動が長め。ロシア革命で財産を失い亡命したストラヴィンスキー一家がシャネルの援助で広い邸宅に移り住む…邸宅が白黒内装でめちゃシャネル。https://t.co/NSl1SEv6j6
— SAYO (@magatama3) 2017年10月31日
ストラヴィンスキー役のマッツミケルセンの大ファンなのですよ。デンマーク人なのにロシア語なまりのフランス語で話し、指揮法とピアノを習得したと。俳優は大変。
実際のストラヴィンスキーはこんなにかっこようない(ぱっとみ)
バレエリュスに興味が出てからの3度目の鑑賞
で朝から映画を見だす。「シャネル&ストラヴィンスキー」冒頭のバレエリュス、シャンゼリゼ劇場公演。ニジンスキーが「もっと震えろ〜!」って。ストラヴィンスキーもディアギレフも袖にいる。シャネルは客席で静観。このシーン誰が踊っているのかな?カンパニーか個々のダンサーか。 pic.twitter.com/xzAaYSoDdJ
— SAYO (@magatama3) 2017年3月31日